連珠雑記

連珠(競技五目並べ)に関する雑記。問題掲載、五目クエストの棋譜、公式戦振り返りなど。

自分の数学嫌いはどこから来たのかという話

私はいわゆる根っからの文系である。連珠を打つ人、それも有段者、高段者となれば必然周りには理系が多い。時々聞かれることがあるのだが、そのときに数学、それどころか算数で怪しいという話をするとたびたびビックリされる。そんな私であるが、最近YouTubeで数学系の動画を見ることにちょっとハマっている。私の数学的知識レベルは中学くらいで止まっているのだが、それでも結構面白いことに気づいた。なんというか、内容がよくわからなくても、分からないものが綺麗にまとまっていくような感覚だけが伝わってきてそれが良い。あと概してこういう動画を上げる人は話し方がうまいのか、自分でもなんとなくできるようになった錯覚を味わえる。よく講座の内容がレベルが高すぎるから云々というのを連珠でやっていても気にするのだが、こういう感情になるなら意外とアリかもしれない。そんなことをぼんやり考えながら見ていたが、自分はあれほど数学が駄目だったのにどうして今になってそこそこ(わからないながら)楽しめているのか不思議に思った。少し記憶を遡ってみる。

 

思い返せば小学生のときから。まず簡単な四則演算がうまくできず、特に繰り下がりで計算間違いが多かった。中学に入ってエックスとかワイといった文字が導入されるともうダメで、それでも気合いの例題丸暗記で凌いでいたのだが限界がある。高校では数Iの段階からつまずいて、センター試験の数学の点数は40点ちょっとくらいだったと記憶している。

私の高校は追試の量がすごく、しばしばテストで5点とか7点といった一桁点数を記録していたためよく受けたものだった。特に過去に一度、同じテストの追試を7回受けたことがある。途中からは数値を変えるだけの全く同じ問題、最後のほうは数値すら全く一緒なのだが、なぜかそれでもできなかった。もはや何が分からないのか分からないレベルで、問題文を読解すべき日本語として認識していなかった。今から振り返るとまったくもって謎だが、あまりにもできなすぎると頭の中に「これはできない」という拒絶反応がセットされてしまうらしい。

ここまで読んできてお分かりかもしれない、というより気づいたのだが、私は本当にこの分野で成功体験がなかった。友人にはバカにされ、先生や親には叱られ、テストの点数はもちろん悪く、自分の中にはできないという無力感が根を張っていく。言うまでもないが宿題の類は放置である。それが動画を見ることで、完全な成功体験ではないものの、ちょっとした疑似体験ができるのがプラスイメージを持てる要因だろう。

こういうことは意外と多いのではないかと思う。本来の興味範囲としては似通っている(私の場合は連珠×数学)、好きになる素養があるはずなのに最初の出だしをしくじってしまったがためだけにマイナスイメージが植え付けられてしまう。これは自分の数学的な知識がどうだというのを抜きにして結構深刻なことである。つまり私は連珠を広める立場の人間で、同じように置き換えると、誰かにとっての連珠のファーストコンタクトが自分で、私の教え方が悪かったりあるいはコミュニケーションで不快感を与えることがあった場合、その人にとっては一生のマイナスイメージとなって植え付いてしまって二度と触れなくなる、もっと悪い可能性としてはネガキャンする可能性があるということになる。そうなるのは悲しい。色んな人に興味をもってもらえるような普及者でありたいという気持ちを強くした一日だった。