連珠雑記

連珠(競技五目並べ)に関する雑記。問題掲載、五目クエストの棋譜、公式戦振り返りなど。

もしも実戦で必勝手順を引かされたら~SOPAI杯七回戦 VS韦振强~

自由打ちの連珠には先手である黒に必勝手順が存在する。それを解決するために、序盤の打ち方に制限を設けようというのが現在のルールの思想だ。そういった性質からか、連珠は答えのある局面と答えのない局面が比較的はっきり分かれている。そして答えのある局面の大まかな特徴として、ドンピシャで正解を打ち切らないと相手に形勢が振れやすい。

 

中国に20日夜に到着。上海から車で3時間かっ飛ばし会場へ赴く。大会ルールは持ち時間90分+30秒フィッシャーという日本国内の名人戦リーグとほぼ同じものだ。対局は朝8時~夜10時半ほどまで、途中食事などの休憩はあるが基本的にはぶっ通しで行なわれる。

対局相手の彼とはネット上ではあるが古くからの仲である。ネット上ではImaycryというアカウントでその名を轟かせており、多くの連珠プレイヤーにはこちらのほうが馴染があるかもしれない。現実での対局は去年の世界選手権個人予選(いわゆるQT)が初で、そのときは私が勝利した。今局は私の提示番だ。私は今大会後半の提示珠型を名月に絞っていた。当然相手からも予想の範疇だろう。それでも好きな珠型で戦い抜ける喜びのほうが大きかった。

 

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(第1図、1235黒:私 4白:相手 7題提示)

彼は程なくして白4を打ち、七題を提示。意外だった。前日の対局で私は汪清清に同型で勝利していたからだ。そのときの黒5(i8)を外すことにして、図の七題を提示した。すぐに黒5とF以外の点が外され少考。心臓の鼓動が速まる。予感通り黒5が残された。いわゆる必勝定石策である。大体の場合、こうした作戦の背景として考えられるのは

①相手を格下と見て楽に勝とうとしている。

②たとえ必勝でも自分が非常に詳しいので嵌める自信を持っている。

③相手をはるか格上と見たヤケクソ突撃。

④何か新手が見つかった。

⑤単に知らなかった。

 

①③⑤はない。この手順は話題を集めている。何も知らないはずはない。とすると②か④。最も可能性が高そうなのは②。こういう作戦選択をするという印象は全くなかった。上手く心理を突かれたということか。高段者になってから必勝策をかけられることが極端に少なく油断していた。こんなことならもっとよく勉強しておくんだったなぁ。

 

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第2図 黒15まで

白12が分岐点。この形自体は渓月からも合流手順があるのだが、盤端関係が異なるため従来の手順では勝てなくなっている。その受けに対しては十分な勉強量があったが、案の定相手はそれを外してきた。必勝策というのは心理戦の面が強く、相手の研究の深そうな場所を回避していくのが基本戦術である。

黒13、15に関しては完全に忘却していた。こんなのはいくら読もうとしても90分程度で答えは出せないので感覚頼りだ。13はよくある急所の位置で、勝つならここだろうなという位置。14はほぼ必然で15は必勝手順御用達の桂馬理論というわけだ。とりあえずここまでを短時間で打ってしまって、相手の対応を聞いていく。

 

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第3図、白18まで

ふと見上げると相手は浮かない表情をしている。私は正しい道を歩んでいるのだろうか。大会三日目で疲労が蓄積している。もはやよく分からないので感覚と相手の表情だけが頼りである。白16なら感覚は勝てそう。黒17白18に対してA以下追い詰めだと思っていた。道のりは長かったがようやくゴールに辿りついたか・・・と安堵していると打った瞬間に受けに気づく。白B。黒が詰ましにいくと四四禁絡みの受けで容易に勝ちが消滅してしまう。かといって他に勝ち筋はない。相手は浮かない顔からいきなり笑顔になり白18。「ここに黒が打っていれば勝ちだったな」嬉しそうに言った。勝ちが消し飛んだことと屈託のない笑顔にむかっとしたが、そこにある盤面が絶対的な現実で途方に暮れた。まあ黒A白Bの交換自体は損ではなさそうだし打ってからリカバリーを考えるか・・・。

 

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第3図 黒21にて白投了

落胆しながら打った黒19に対して彼は満面の笑み。1分ほどで白20に打たれる・・・。白20??これは追い詰めではないか?相手は打ってなお気づいてはいなさそうだ。黒21が相手の剣先を叩きながらのフクミになっており受けがない。彼は21を見て少ししてから事態を察したようだ。笑みから以前の浮かない顔に戻っていく。これは連珠でよくあるフワフワ死という現象で、有利になったと思って気持ちがフワフワ~っとしたところで疑問手または敗着を打ってしまうものだ。局面の形勢が何から何まで彼の顔に書いてあったので、正直な人なのだろう。勝負とは難しい。

 

局後ロビーに行って二人で並べなおす。驚いたことに、彼は白4に対する五珠をほとんど知らなかったらしい。対局前に部屋で神谷君と話していて、まあ準備はされるだろうという読みだったが全くそうではなかった。今大会を通して事前に相手の対策を練ってきたように見えたのは八回戦の李小青戦だけだった。中国は局面の解析を専門とする解析家が多いが、実戦家とは完全に別動のようだ。実戦主体の人は大まかな研究をさらう程度であとは流れというのが多く見えた。国民性なのかもしれない。

 

結果的にとはいえ必勝を打たされたのは久しぶりで、長らく感じていなかったプレッシャーを今の自分が経験できたのは貴重な体験だった。