連珠雑記

連珠(競技五目並べ)に関する雑記。問題掲載、五目クエストの棋譜、公式戦振り返りなど。

棋譜並べ① 祁观VS林劉民 ~剣先の使い方~

棋譜並べの記事を書きたい!そう思った。思い立ったが吉日というやつである。早速やっていこう。今回紹介するのは2017年世界選手権ATで打たれた祁观VS林劉民の対局だ。紹介にあたって、互いに競った接戦よりも片方の快勝のほうが見ていて爽快感があるだろうということで、そうした棋譜の選択をしている。本局は黒の快勝である。

 

総譜

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(第1図 白14まで 示黒:祁观 4白:林劉民)

 

白4黒5となったこの形は、過去の世界選手権でも前例がある。白6は是が非でも7の場所に三をヒキたい。黒7と打たれてしまうと白石が完全に分断されてしまう。前例でも6では三をヒイている。白8はやむを得ないのかもしれない。例えば白8で10の飛び三は黒11と止められさらに黒の連を増やしてしまう。かといって白11と飛び三をすると黒に追い詰めがある。本譜白8は外側に周る+連を補充するということで、基本的な手だろう。

黒9からどんどん打っていくのは一見やりすぎに見えるかもしれないが、この場合は効果的だろう。というのは、盤面全体を見た時に右側が最も攻めるにあたって面積が大きい。その広い場所に黒の剣先が向いている。左辺にある黒の二本の連と剣先も攻めに参加してくる可能性がある。仮に攻めを失敗してもここを利用して受けに周る選択肢も出てくる。手番は黒にあり、現状白には思わしい有効打がない。局面としては黒の作戦勝ちと言えるだろう。

ただ、ここからが難しい。黒には莫大なスペースと外側に向く剣先一本。条件はかなり良いが制約が全くと言っていいほどないため漠然としている。実戦的には制約がある、厳しい方が理詰めで好手を射抜きやすい。こういう局面は力が問われる。

方針としてとりあえず大事なのは黒の剣先をどう使うか。具体的には

①この剣先で直接四三勝ちを目指すのか

②この剣先を攻めの拠点として使い発展させていくのか

に分かれる。本譜を追ってみよう。

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(第2図、黒17まで)

 

本譜は②を選択した。黒15は部分的には雲月の定石で登場する形で、とりあえず打ってみたいところである。この手は直接的にはAとの連携を狙いながら、実は左辺からの攻めも視野に入れている効率の良い手だ。(参考図) 仮に白16でAなら黒16ともう一手追加してこの場所での逃げ切りを狙う。「二手連打」は寄せの常套手段だ。白16は盤面の端に追いやられているようで癪だが仕方がない。

黒17は凄い手。私には打てない。「打てない」で終わってしまうのでは成長がないので考えてみよう。先ほど黒15は雲月定石で登場すると述べた。その定石では黒17ではBと打つ。あるいは類似型でCと打つ手順もある。雲月定石の形という頭で打っているので、その二つ以外思いつかないということだ。また、この二つの場所は黒15の石に近い。「直前に打った手と近い場所から好手を探してしまう」という心理的な問題もあるだろう。

一方でこの黒17が登場したのには別のアプローチから局面を考察したと考えられる。つまり黒Dとの連携だ。次に黒Dから攻めていく手が魅力的な手段なため、そう考えると17が視野に入るのだろう。この手自体は連も作っており、盤面を広く使っているので打つのに精神的抵抗もない。初めから「黒の剣先を最大限活かす」という思想で読んでいたものと思われる。私のように部分的な知識による先入観にとらわれず、局面そのものをフラットに見るとむしろ自然な手かもしれない。こういうのは形を勉強して強くなった人の弱点ともいえ、私にとっては一つの課題だ。

この局面を精査したところ、17では黒Cで完全な勝ちのようである。ということは本譜の17は次善かそれ以下ということに理論的にはなるのだが、それは大した問題ではない。黒C以下は一つ間違えば終わりの綱渡り。対して本譜は最善でこそないかもしれないが、この攻めが切れるとは考えにくく実戦的な勝率をかなり望むことができる。連珠は比較的最終的な結論を研究しやすいゲームであり、それゆえ最善以外は切り捨てられやすい傾向にある。理論的に突き詰めるという意味では正しいかもしれないが、人間同士の勝負ゆえこういった発想は今後大事になってくると思う。体系化できればいいなぁ。

 

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(参考図、白16で変化、黒23まで)

 

黒17と打たれ、右辺だけに気を取られていると左辺から詰みが飛んでくる。この筋があるゆえ白16では本譜の場所がいいだろう。

 

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(第3図、黒21まで)

というわけで白18。黒は一手遅れて19と打った。祁观の連珠を見ていると、一手遅らせて好点に打つという打ち回しが多いと思う。手広く攻めるコツだろうか。

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もうひとつ黒15、17、19で構成されるヤグラとは一路離れたこの形を中国では好んで打つ人が多い気がする。日本でのヤグラのように体系化された定石があるのだろうか。研究してみる価値がありそうだ。先の黒17はこの形を作る布石と見ることもできる。

白20は18と連携した桂馬の網を意識した受けか。黒21が黒19と筋を違えたコスミで好手。このように既存の直接の利きとは少しずらして攻めを追加するのは連珠ではよく現れる。一つの手筋と見るべきだろう。白22では広い方からAと受けたいが、そうすると黒Bと連を三つ作られる手が強烈だ。元々の連も含めると四つあり、これは受け切れない。よって受けるならBやCだが、今度は中央へと手を進めることができる。上手い打ち回しだ。

 

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(第4図、黒35まで)

白22は先に述べた急所の位置だが、連を受けていない、またしても盤の端からの受けなので苦しい。黒は一連の攻防で連を二つ稼いだのでそろそろ仕上げに入る。黒23が目に見える好点で、今度は露骨に打っていった。このあたりのギアチェンジはさすがだ。白24は剣先を止めないという非常手段気味の受けだが、善悪はどうなのだろうか。白は残り1分で投了しており、想像するにこの局面では既に秒に追われていただろう。調べたところ白26が決定的な敗着のようだ。黒27から一気に組まれ、黒35まで全軍躍動し受け無しとなった。ふんわりした中盤からいきなりまとめる打ち回しは本当に凄い。

 

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(第5図、黒45にて白投了)

白36は最強の受け。そして黒37がこの連珠を収束させる最後のピース。美しい。以下投了図まできたときに、黒A、Bで四三がある。黒Aの飛び三を打つための37というわけだ。白38と、この筋に利く剣先を作って粘るも黒39で切られてしまう。投了もやむなしだろう。

 

一局を通して、黒の卓越した構想力が光った。祁观は2015年の世界チャンプだが、やはり強い。本局は黒の作戦勝ちで、経過を追うだけだと黒の圧勝に見える。実際にはいくつもの難解な変化がちりばめられており、ゴールにたどり着くのは容易ではない。白もかなり粘っこく打ちまわしたが、さすがに初期値が悪かったか。この攻めを味わってほしい。